ゲド戦記・「アースシーの風」

         「アースシーの風」アースシーの風 ― ゲド戦記V

かつての大賢人ゲドは、70歳になった。妻のテナー、醜いやけどの顔をもつ養女テハヌーとともに、故郷の島でひっそりと暮らすゲドのもとへ、ハンノキという壷直しのまじない師が訪れた。妻を亡くしたばかりのハンノキは悩みを打ち明ける。夜毎の夢で、死の国の境から手を伸ばしてしきりに何かを訴える妻に、ハンノキは言いしれぬ恐れを抱いていた。一方、テナーとテハヌーは、最近また暴れだした竜をなだめるため、レバンネン王に呼びだされてハブナーの王宮に赴く―。

この巻のテーマは愛と死、でしょうか。ハンノキとユリの愛、ゲドとテナーの深く静かな愛、レバンネンとセセラクの若い愛・・・。いろんな“愛の形”が描かれていて、それに寄り添うように“死”も描かれている。そしてそれだけじゃなく、人種差別的な偏見などの問題も散りばめられている。これはもう「児童書」じゃないですね・・・、完全に ^-^;) 

感想は・・・、4巻よりは良かった。最初の3巻のような話のほうが自分は好きだけども。でも、いままでのいろいろな謎なんかが解けてスッキリはしました(もっとゲドにも活躍してほしかったけど・・・)。

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全体として、「ゲド戦記」はかなり深い物語なのでなかなか気が抜けないファンタジーだ・・・と言う印象を持ちました。直接的な表現じゃなく、間接的な言い回しなんかが多かったから、児童には難しいだろうな。児童書じゃないよこれ。。。 

う~ん、でもやっぱり面白かった。名作ですね。

また何度も読み返したい作品。

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ゲド戦記・「帰還」

          「帰還」帰還―ゲド戦記最後の書

平和と秩序を回復するために全力をだしきった大賢人ゲド。久々に故郷の島に帰った彼は,心身ともに衰えた一人の初老の男になっていた。彼が受け継いだ太古の魔法はどうなるのか.ゲドのその後は……。

いままでの冒険や自分自身との戦い、という要素が少なく、どちらかといえば地味な印象を持った。なんというか、いままでのドキドキ感やわくわく感は味わえず、そこが少し残念。フェミニズムっぽいこととか、正直よくわかんない・・・f(-_-;)より現実的な話になったというか・・・。今回は、ちょっとなぁ・・・ってかんじでした。でも、うちの母はこの4巻が一番好きかも、と言っていた。人それぞれなんだなぁ。自分も大人になったら好みとか変わって違う感想持つのかも?

4巻でもうれしいことにレバンネンが(ちょっとだけ)出てくる ^ー^)v だけど、どうしてもゲドに会えないレバンネン・・・。かわいそう。寂しかっただろうな。。。

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ゲド戦記・「さいはての島へ」

さいはての島へ―ゲド戦記 3 「さいはての島へ」

魔法の館の長としてアースシーをおさめる大賢人ゲド。災いの源を断つため、若いアレン王子をともなって最果ての地におもむき、死の国の境界で死力を尽くして戦う―。

この3巻が私の中では一番好き。というかアレン王子が好き。旅の困難のなかで少しずつ精神的にも強く、たくましくなっていくアレン。・・・かっこいいです(*^ー^*) アレン(レバンネン)は4,5巻にも出てくるからまたうれしい。

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この巻はとくに、名言・名文が多いように感じた。“生と死”をテーマとした物語だったからか、なるほど・・・と納得できたり、こんな考え方もあったのね、と気付かされることも多々ありました。ちょっとだけご紹介。

「過去を否定することは、未来も否定することだ。人は自分で自分の運命を決めるわけにはいかない。受け入れるか、拒否するかのどちらかだ。ナナカマドは根のはり方が浅いと、実を結ばないものさ。」―なるほど・・・。過去があるから今があって、今があるから未来もある。過去にしっかりと根をはってこそ、未来が実る。印象的なセリフ。

「知性があるのなら、あるように行動しなければ。選択が許されているのなら、それなりの責任を持って行動しなければ。」―改めて考えさせられる言葉。当たり前のことなのに、実行できてる人ってけっこう少ないのでは・・・?出来る人になりたいです。

「死を拒絶することは生を拒絶することでもあるんだよ。」―まさに、“生は死の中にこそあるものなれ”、ですね。生と死は同じひとつのものなんだ。切っても切れないものなんだ・・・。深いです。

「ここにいたって、わしにはわかるのだ。本当に力といえるもので、持つに値するものは、たったひとつしかないことが。それは、何かを獲得する力ではなくて、受け容れる力だ。」―自分の中に潜む影も、他者も、そして死も受け容れる。でも受け容れるためにはそのための包容力が必要なわけで・・・。これこそ「ゲド戦記」のテーマなのでは?考えさせられる言葉です。

これが苦しみの石か。アレンは石をしっかりと握りしめた。その顔に微笑が浮かんだ。ぱっとしない、だが、それでもいかにもうれしそうな微笑だった。彼は今、生まれてはじめて、勝利というものを知ったのだった。この遠い地の果てで、誰にも祝福されず、たったひとりで・・・。―この静かで単純な描写だけどその中に、アレンの人間としての成長を窺えることができる。とても好きな部分です。

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今年の7月、スタジオジブリでこの3巻を軸に映画化されるそうです。

こちらで予告が観られます ^-^)→ゲド戦記 予告 

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ゲド戦記・「影との戦い」「こわれた腕環」

影との戦い―ゲド戦記 1

「影との戦い」

少年ゲドは,自分にふしぎな力がそなわっているのを感じ,真の魔法を学ぼうと魔法使いの学校に入る。進歩は早かった。得意になった彼は,禁じられた呪文を唱え,死の国の影を呼びだしてしまう―。

第3巻では“大賢人”とよばれるゲドの、少年時代の驕りや挫折、葛藤、友情や孤独を描いた作品。深いです。

「影との戦い」のなかの敵は自分自身。自分の中に潜む醜い心や弱い部分とも向き合い、受け容れること。それが一番大切で、同時にとても難しいこと。“受け容れる”ためにはそのぶんの心のゆとりとか強さが必要だもんな・・・。

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「影との戦い」の中の敵、自分自身の中に潜む“影”を“受け容れる”ところって、宮部みゆきの「ブレイブ・ストーリー」にも通ずるところがあるように感じた。また、ゲドの相棒・オタクも、「風の谷のナウシカ」のテトとも似ている ^ー^) 「ゲド戦記」はいろんな作品のいろんなところに少なからず影響を与えてるみたい。

こわれた腕環―ゲド戦記 2 「こわれた腕環」

アースシー世界では、島々の間に争いが絶えない。力みなぎるゲドは、平和をもたらすエレス・アクベの腕環を求めて旅し、暗黒の地下迷宮で巫女の少女アルハと出会う―。

この巻では、“真の名前”が大きなキーポイントになっているように感じました。本当の名前を取られ、アルハとして巫女になった少女。“名前を取り上げる”ことによって相手に支配されてしまう―。「千と千尋の神隠し」も同じですよね。“名前”を思い出すことによってまた自己も取り戻すことが出来る。このことが分かる部分を・・・。「わたしは名まえをとりもどした。わたしはテナーなんだ!(本文―自分の本当の名前により、やっと本来の自分に気付けたテナーの喜びが伝わってくるような一言で、とても印象的。

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「影との戦い」では“自己を受容する”ことが大きなテーマだと思ったのですか、この「こわれた腕環」では“他者を受容する”ことがテーマなのでは、と感じました。人それぞれだけどね。


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ゲド戦記

ル=グウィン作「ゲド戦記」(全5巻)、3/23読了。全部読み終わるまで10日ほどかかった。読み終わるのは何だかとてもさびしかったです。次の回に感想を載せます。今回は、「ゲド戦記」との出会いについて・・・。

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「ゲド戦記」との出会いは早かった。たぶん、小4のときくらい。その頃、ちょうどハリー・ポッターが発売され、今まで本をあまり読まなかった私は本(ファンタジー)の面白さを知り、いろんなファンタジー小説を読むようになった。で、そんな私に母がゲドの一巻、「影との戦い」を買ってきてくれた。

でも当時私は「ハリー・ポッター」にハマり、その後は「指輪物語」「はてしない物語」にハマり、「ゲド戦記」は手付かずのままだった。たぶんちょっとは読んだと思うけど、難しかった。何せ小4だもん。「ゲド戦記」特有(?)の、あの間接的な描写や言い回しについていけなかったのです。「ゲド戦記」は“難しい”というイメージがあり、なかなか読めなかった。長いし。

で、今になって何で読もうと思ったかというと、理由はいろいろある。①受験が終わったこと(これは大きい)。②伊坂幸太郎さん、宮部みゆきさんなど好きな作家の本を読み尽くしてしまったこと。③だけど新境地を開く気にはなれなかったこと。④スタジオジブリが映画化する、という話を知ったこと(これが一番の理由かも)。・・・などです。

今は、もうほんとに読んでよかった!という感じ。もう中3だから内容も理解できるようになったし。充実した時間を過ごせた・・・(^ー^)

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