「変身」 カフカ

カフカの『変身』を読んでみました。
言わずと知れた名作。
ある日目覚めたら大きな毒虫になっていた…。そんなショッキングな物語。
起き上がろうとする様子とか、壁に張り付いていると気分が良いとか、何冷静に状況説明してるの?と、読んでいてくらくらしてきました。
いやぁ、これは問題作というか、迷作というか…。
変身した理由・原因もわからない、しかも解決もしない。救われない。
びっくりしました。え、あれ?終わったけど?そのままなの?って。

本当はそこからいろんなことが読み取れるのだろうけど、ただただ、驚いてしまいました。深く考えるのは、またの機会、ということで。
うーん、これは一読の価値あり、ですね。

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「罪と罰」 ドストエフスキー

罪と罰 (上巻)

やっと・・・。
やっと読了です・・・(そして久しぶりの更新・・・)。
いやぁ~、途中模試あったり試験あったりでとびとびで読んでいたからもうわけわからんかった(>_<)
スヴィドリガイロフって誰だっけ?みたいな。思い出すまでに時間がかかる。。。
その他多数の善のためのひとつの悪事は罪じゃない、みたいな考え方はわかるけど、ナポレオンの話なんかになると最初ピンとこなかったし。
宗教もよく分からないし。
なんだかラスコーリニコフは良心の呵責に苦しんでいるようにはあまり見えなかったし。

だけど、面白かったかもしれない。
読後感もけっこう良かったし。
意外と読みやすかったし。

分厚くてカラマーゾフより文字小さいけど、あんまり長いとは感じなかった。
「カラ兄」もだけど、みんな言っていることは回りくどくて主人公たちはいつも煩悶していて煮え切らなくてイライラするほどなのに、
でも、もっと読んでいたい、ずっと読んでいたい、と思うような吸引力がある。

まだ、どこが面白いのか私にはわからない。
だけどわからないなりに面白いってすごいなって思う。ドストさんが。
なんか、すごい“読んでる”って感じがする。
それだけでも価値あるんじゃないか?ってくらいの圧倒的な読んでる感。
すごいわぁ~。

日本の、たとえば夏目漱石なんかとは全然違うのね。日本は淡々として無駄がないって感じだけど、あっちはこれでもか!ってくらいにこねくりまわして・・・。

読書の秋、堪能させていただきました。
とても重厚なお味でした。

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「カラマーゾフの兄弟」 ドストエフスキー

カラマーゾフの兄弟 上   新潮文庫 ト 1-9

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

                 ・

やっと、「カラマーゾフの兄弟」を読み終わりました。

この作品を読みはじめたきっかけって、けっこう単純なんですよね。というのも、伊坂幸太郎さんの「陽気なギャング~」の田中に、“ボウフラみたいな若者”といわせないため、なんです。我ながら馬鹿馬鹿しいきっかけだなぁ・・・

感想は・・・。なんか面白かった。どこが面白かった?って訊かれたら答えられないけれど、でもどこか面白かった。読みはじめるとずっと読んでいたくなっちゃうような、不思議な吸引力がある作品だったと思う。なんだろう?本当にどこが面白かったのかわからない、んだけど読んでいたくなっちゃう。あー、これはちょっとハマっちゃうかも。次は「罪と罰」、読んでみようかな・・・。またしばらくしたら「カラ兄」も読み直そうっと。

中巻以降からはもうあの文体にも慣れてきたためかあまり難しいとは感じなかった。内容は深くてまだまだ半分も理解していないかもだけど、そんなに読みにくいものじゃなかった。物語としてどんどん面白くなってきたので。まだまだ読んでいたいなぁ。ミーチャもどうなったのか気になるし。でもこんな文体に慣れちゃうと日本の作家さんだと物足りなくなっちゃうかも・・・?という一抹の不安(?)もあり。

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ちょっと関係ないけれど、グルーシェニカのセリフの中に出てくる“葱一本”の話と、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」がそっくりでした。「蜘蛛の糸」って芥さんが作ったんだっけ?中国の物語だったっけ・・・?

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「カラマーゾフの兄弟・上」 ドストエフスキー

カラマーゾフの兄弟 上   新潮文庫 ト 1-9

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

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昨日やっと上巻を読み終えた。一冊の本に1週間もかかるだなんて初めての経験かも。

いやはや・・・(←言ってみたかった)。あの、話の進まなさは何なんだろう。細かいですねー。長いですねー。ていうかみんなしゃべりすぎなんじゃないのかな?延々と、十何ページ、それ以上しゃべりつづけているからね。そして改行がなさ過ぎなのでは?と思いました。学校の朝読書の時間や通学時間を使ってちびちび読むと、どうしてもキリの悪いところでもやめなきゃいけないのに、目印になるような改行部分がないからあとになってどこまで読んだのかわからなくなってしまう。もうちょい、改行してみてはいかが?(?)

でも上巻も半分も読めばそんな読みにくさにも慣れてしまうもんなんですね。それでもまだ時間軸がうまく理解できていないけれどf(‐_‐;) 上巻までは読んだけれど、まだこの作品の核となる事件は起きていないわけで、これはまださわりの部分なんでしょうか・・・?ちょっぴり、気が遠くなりそうですね(^▽^) ここまできたらもう読むしかないって感じだけど、それにしても読みにくさ以上に難しくて・・・。哲学的な、抽象的な言葉も多くてくらくらしそう。そして何よりもまず、私自身キリスト教やイエズス会の考え方に対して知識がないからなぁ。セリフで引用されている劇や詩も知らないし。そりゃぁ、日本で生まれて16年しか生きていない高校生だからしょうがないっちゃしょうがないことだけれども。知らなくても生きていけちゃうしね。でも、読んでみて知らないことやわかんないことばっかり出てきて、知らないこと多すぎかもしれないって思ったり。そういうの、知識だけでも知っていたらより深くなるんだろうな。うーん、それにしてもこれはかなり手強いな・・・。まだ上巻しか読んでいないけれど、1回や2回読んだだけじゃこの作品は「読んだ」とは言えない気がする。

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「坊っちゃん」 夏目漱石

とても面白かった。坊っちゃんの真っ直ぐで単純な性格がすごく良いなぁと思う。どんなことにも直球で真正面から堂々と向き合う坊っちゃんは、実際にいそうなほどイキイキとしているけれど、でもたぶんいないと思う。まさに痛快、という感じだけど、ちょっと冷静に考えてみたら坊っちゃんってあんまり性格良くないなぁ(笑)。田舎に来ちゃって不貞腐れているのか全体的に否定的なものの見方をしている感じ。坊っちゃんが執着しないカラッとした性格だからかあまり目立たないけれど。

「こころ」の、淡々とした淡白な文体とは全く異なり、こちらはかなり躍動感のある作品。そしてすべてにおいて“坊っちゃん”の主観がかなり強くて、坊っちゃん独特のものの見方が笑える。明治の人はこの作品でビックリしたんじゃないかな。こんなに笑えるという意味でも面白い作品だとは思わなかった。

“単純明快”という言葉がぴったりだと思った。

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「地獄変・偸盗」 芥川龍之介

宇治拾遺物語や今昔物語などを題材にしたためか、古典を読んでいるような感じだった。

この短編集の中で一番印象が強かったのが「地獄変」。紅蓮の炎の燃え盛る様子とか、言葉なのに鮮やかにイメージが湧き、ひしひしと緊迫感が伝わってくるようなひりひりとした文章だった。良秀の恍惚とした表情まで眼に見えるかのようで怖かった。私なんかが言えることじゃないけれど、「蜘蛛の糸・杜子春」を読んだときよりも芥川龍之介は力のある文章を書く人だなと実感した。

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「こころ」 夏目漱石

こころ

親友を裏切って恋人を得たが、親友が自殺したために罪悪感に苦しみ、自らも死を選ぶ孤独な明治の知識人の内面を描いた作品。鎌倉の海岸で出会った“先生”という主人公の不思議な魅力にとりつかれた学生の眼から間接的に主人公が描かれる前半と、後半の主人公の告白体との対照が効果的で、“我執”の主題を抑制された透明な文体で展開した後期三部作の終局をなす秀作。

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今年の夏は所謂名作を読もう。これが夏休みの自分の中の課題。で、「こころ」が栄えある1冊目の作品。普段“名作”なんてものになかなか手が出ないもので、考えてみると“名作”と呼ばれるものを初めて読んだのかもしれない。

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泣いた。あんなに泣くとは思わなかった。もう、先生の過去がどうこうじゃなくって、「私」の気持ちも関係なくて、言葉では上手く表現できないけれど、とにかく理屈じゃなくって涙が溢れた。自分でも何故こんなに涙が止まらないのか理解できなかった。

「私」が先生からの長い手紙を受け取り、だけど時間が無くてバサバサとめくっているうちに目に飛び込んできた“この手紙が貴方の手に落ちる頃、私は~”という言葉。ここを読んだとき、「私」が私だったことに愕然とした。「私」がこの言葉を偶然目にしたのを思い描いたのではなく、私がその言葉を不意に目にしてしまった。「私」がその言葉を目にして感じたであろう驚愕や衝撃を想像したのではなく、私が驚愕し、衝撃を受けた。心臓をぎゅっと掴まれたかのように、一瞬息ができなかった。頭の中が真っ白になった。「私」のことを思って涙が出たのではない。

「こころ」の内容は、当時は珍しかったとしても今ではもうすでに語られた感があるし、そのうえあらすじで知っていたし、“この手紙が~”の件も言ってみればベタで次に続く言葉なんて容易に想像できる。だから心穏やかに読めるはず。なのに・・・っ。「こころ」で一番驚かされたのは、何時の間にか「私」=私になっていたこと。淡々としていてどちらかと言えば体温の低い文体で描かれていて、自分としては冷静に、客観的に読んでいるつもりだった。けれど自分でも知らず知らずのうちに引き込まれ、「私」と一体化し、なのに“この手紙が~”のところで私が驚愕し衝撃を受けて初めてそれに気付かされたことに、私は愕然とした。そこが何よりもすごいと思う。こんな作品初めてだ。私にとって未知の感覚だった。

この感覚に、私は痺れた。興奮したと言ってもいいのかもしれない。この感覚を、衝撃を、涙が止まらなかったときの気持ちを言葉にしたいけれど、上手く表現できない。あぁもぅ、自分の語彙力の無さが歯痒い。でも、これだけは理解る。

これは、私の頭にではなく私の「こころ」に響いてきた作品だ。

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